「国立戒壇」というのは国家によって戒壇を設立し、維持・管理させようとする主張
この内容も色々な方のブログの中に登場する文言ですね
実際の所はどうなのか
【近現代における戒壇問題の経緯と真義】から
日顕上人の指導を確認してみたいと思います
まず
「国立戒壇」というのは国家によって戒壇を設立し、維持・管理させようとする主張
について検証していきます
【質問③】国立戒壇は日蓮大聖人の教義ではない(国立という定義はされていない)について
私の調査では
確かに、日蓮正宗としては御遺命の戒壇は
国家によって戒壇を建立するとの
意思はあると思われます
つまり
日顕上人が容認されている
「国主立戒壇」とは現在の政治体制では
「国立戒壇」の名称になる可能性が十分にあると思っています
では次に
「国立戒壇」というのは国家によって戒壇を設立し、維持・管理させようとする主張
について検証していきます
【質問④】「国立戒壇を建立すればそこに安置する本門戒壇の大御本尊を国家の手に委ねてしまう」
↑
まず
以前に似たような内容のブログを書いたので
参考にして欲しいと思います
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まず
御遺命の「国主立戒壇」とは
国民の総意で建てるのが大前提となっております
未来の御遺命の「国主立戒壇」を建立する時代背景として国民は
日蓮大聖人を尊敬し
戒壇の御本尊様を信じ
その様な時代背景の中で
国民の総意でもって御遺命の戒壇を建てることになることは
日蓮正宗を信仰している方なら
誰しも同じことを思っているし
この部分は特に異論はないと思うんですよ
そうなると
国民の総意で建てる御遺命の戒壇にも関わらず
戒壇の御本尊様を維持・管理させようとする
発想の人は誰の事を指すのでしょうか?
逆に、戒壇の御本尊様を維持・管理させられる
無責任な人は誰の事を指すのでしょうか?
確かに、日本国民全員が信じなくて、少数の人は
信じない人もいるのかも知れませんが
なんで、その方達に維持・管理を頼む必要があるのでしょうか?
以上をもって
「国立戒壇」というのは国家によって戒壇を設立し、維持・管理させようとする主張
との内容は
要するに
現在の政治体制から考えると
国民の総意との内容を踏まえてない発想ではないかと思いますが
どうでしょうか?
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