正本堂

御遺命の戒壇とは

【『国立戒壇論の誤りについて』『本門事の戒壇の本義』の二書と戒壇の御門について】(その③)

あの二書は正本堂が出来る時と出来た後だったが 浅井会長の色々な問題に対処することも含めておるわけで 強いて言えば全部、正本堂そのものに関してのことなのであります そういうことですから 正本堂がなくなった現在、その意義について論ずることは
御遺命の戒壇とは

【『国立戒壇論の誤りについて』『本門事の戒壇の本義』の二書と戒壇の御門について】(その②)

「正本堂の意義付け」とは 正本堂の意義を 『三大秘宝抄』の戒壇に作り上げようとした 創価学会の背景によらざるおえなかったのです。
御遺命の戒壇とは

『国立戒壇論の誤りについて』『本門事の戒壇の本義』の二書と、戒壇の御門について(その①)

『国立戒壇論の誤りについて』と『本門事の戒壇の本義』の当時の2冊の本は 現在においては不適当であると、ここではっきり言っておきます
御遺命の戒壇とは

「御遺命の本門戒壇建立を目指して」(93p~95p)

正本堂の意義付けをする為に当時の2冊の本を 正本堂が御遺命の戒壇っぽく書かされた
御遺命の戒壇とは

「妙信講(顕正会)の処分について」(その3)

日顕上人は文献上不明確な情報は用いてはいけないと指導されています
御遺命の戒壇とは

「妙信講(顕正会)の処分について」(その2)

本書では「王法」の解釈 について詳しく書いてありますので下記に記載しておきます
御遺命の戒壇とは

「創価学会の宗門支配の画策と宗門の対応」(その5)

正本堂ができる直前に日蓮正宗立会いの元創価学会と妙信講(顕正会)が法論した結果 創価学会教学部は負けて、正本堂を本物の御遺命とは言えなくなってしまった
御遺命の戒壇とは

「創価学会の宗門支配の画策と宗門の対応」(その4)

『国立戒壇論の誤りについて』と『本門事の戒壇の本義』の2冊は 日顕上人の本意ではない
御遺命の戒壇とは

「創価学会の宗門支配の画策と宗門の対応」(その3)

池田会長はずっと「正本堂」を本物の御遺命の戒壇にしようとしてきたが結局、最後はどうなったかというと 浅井会長の抗議で諦めざる負えなくなった
御遺命の戒壇とは

「創価学会の宗門支配の画策と宗門の対応」(その1)

昭和49年頃、日顕上人が創価学会からどのような圧力をかけられていたか、具体的に書かれています