先ほど言い忘れていましたが
正本堂が本物の御遺命の戒壇か、そうでないのかということが一番の問題なのです
最初は池田会長と学会教学部は
「正本堂」は本物の戒壇でなければならないと言っていたが
妙信講(顕正会)からの正論に反論できない為
妙信講(顕正会)からの攻撃をうまくかわす作戦を考えた
それが将来、広宣流布の時が来て本物の御遺命の戒壇を建てる時になったら
今建設中の「正本堂」が本門の御遺命の戒壇になるんだと
日蓮正宗には約束して欲しいという所まで譲ったのです
日蓮正宗は、正本堂も本物の戒壇の意義はあると許可したんだから
大丈夫だよね・・・と
本書を読めば
日顕上人が、妙信講(顕正会)がいなければ日蓮正宗は
「正本堂は御遺命の戒壇です」と
創価学会から無理やり許可させられていたことが分かりますね
つまり創価学会は妙信講(顕正会)の主張が正論の為正本堂を本物の戒壇に近づける為
色々な作戦を実行している事が分かりますね
そして日蓮正宗の立ち位置は創価学会と妙信講(顕正会)を見守る
表面的には中間的立場を取っている事が分かりますね
そう言う意味で創価学会に言ったのではなく未来の理想として
正本堂が本当の御遺命の戒壇になればいいな・・・と
日達上人は考えていたと思う、その辺の所が非常に微妙だったのです
上の段落は一般の人からすれば???の部分だと思います
その辺の所が非常に微妙だったのです、とはいったいなんのことなのだろうと
これは日顕上人が本音で言えない部分と推測できます
正本堂の意義付けにも関連するカ所なんですが
つまり
初めは創価学会に「正本堂が本物の御遺命の戒壇だと言え」と圧力をかけられ、しぶしぶそれっぽい言い回しい方で許可してしまった
そこに妙信講(顕正会)が、本物の御遺命の戒壇について創価学会に抗議した結果
創価学会は妙信講(顕正会)の主張を正論と認めざるを得なかった
そうなると、最初、創価学会に対して
正本堂も本物の御遺命の戒壇っぽくしてあげる為の、教義内容の変更点を帳消しにしなければならないのが
日蓮正宗の本音と思われる
要するに
日蓮正宗の正本堂に対する見解は最初、正本堂も本物の御遺命の戒壇で
だいたい合ってるとの許可を出したと思っている人も多いけど
そうではなくて、日達上人は
正本堂が将来、本物の御遺命の戒壇になればいいなと、思って言っただけということだろう
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