「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その10)

昭和四十二年十一月号の『大日蓮』に創価学会から正本堂建立発願式の特集として
「載せるから何か書け」と命令されたそれで高木伝道房・日顕上人・藤本栄道・椎名法英房・大村寿顕房・菅野慈雲房等が当時の空気に飲まれてしまって、だいたいそういう流れから書かされてしまった
空気というのは恐ろしいものですあのころはそういうものが色々とあったのです

日顕上人は一番恐ろしいのは、この当時の空気と言われています

「だいたいそうゆう流れから書かされてしまった」とは

創価学会に正本堂は、「ほぼほぼ本当の御遺命の戒壇といえるよ」

と書いてあげたんだとのことでしょう

この当時は創価学会の圧力によって創価学会が何か書け! と命令されれば

書かざるを得ないとの状況が伝わってきます

上記のこの当時の6名の方の発言は

自分達の意思ではないから、信用しない方がいいとの空気が伝わってくる段落ですね

この段落を見ると恐らく、日達上人も創価学会何か書けと言われたら

拒否できなかったであろうことが推測できます

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