「一天広布による御遺命の実現へ」(106p~108p)(その③)

「国主立戒壇」の内容を考えたとき

今は主権在民だから国主は国民としたならばと日達上人も言っています

だから、国主が国民であるならば国民が総意において戒壇を建立するということになり

国民の総意でもって造るのだから、そういう時は憲法改正も何もなく行われることもできる

ところが、「国立戒壇」という名称にこだわるから、あくまで国が造るということになり

国が造るとなると直ちに国の法律に接触するから
どうしても憲法改正をしなければならない

この部分の見解は、浅井会長も私と同意見である
どうやったら憲法違反にならずに、御遺命の戒壇を建てれるのかを考えると

国主立、国民全体の総意で行うということになるならば

憲法に関係なく「国主立戒壇」は造れる

しかし、正しい御遺命の戒壇の意義における本門寺は、まだ当分できないけれども

我々の折伏の成果しだいでは具体的に現われくる

 

上記の段落は前回私のブログで書いた部分

「一天広布による御遺命の実現へ」を学ぶ(106p~108p)その②

の続きですね

今から20年程前の憲法下では「国立戒壇」の為の、憲法改正は現実的ではない時代でした

だから20年前の時代では「国主立戒壇」とか「国民立戒壇」なら

憲法改正の必要がなく建てることが出来る

しかしながら、現在は国民からの憲法改正の要望が高まり

2021年9月18日に「国民投票法」が施行されて

憲法改正のハードルが下がるとともに

国民の総意が憲法を変える時代に変わりました

日顕上人も

しかし、正しい御遺命の戒壇の意義における本門寺は

まだ当分できないけれども我々の折伏の成果しだいでは具体的に現われくる

と20年も前に、御遺命の戒壇建立のプロセスが具体的になると予想されています

「国民投票法」で原案が通れは天皇が国民の名前で交付するとなっているので

「天皇立戒壇」とか「国主立戒壇」の意味になると思うけど

実際には、国民の総意で戒壇を作るなら

「国立」の戒壇という名称になる可能性が一番高いと思われます

そしてこの段落は、もう一つ大事なポイントがあって

ところが、「国立戒壇」という名称にこだわるから

あくまで国が造るということになり

国が造るとなると直ちに国の法律に接触するから

どうしても憲法改正をしなければならない

この部分の見解は、浅井会長も私と同意見である

つまりこの段落はかなり重要な発言で

日顕上人は「国立戒壇」は憲法改正しないと実現しないとする

浅井会長の主張と同意見であるとの趣旨を書いてあります

要するに日顕上にも、浅井会長も本物の御遺命の戒壇は

「国立」の戒壇という見解までは同じという事が本書を読むと分かります

それを、あくまでも20年前の憲法下での話だと

あくまで「国立」にこだわるのか「国民立」にこだわるかの問題だけなのです

現在は政治形態が変わったので「国立」ということに、こだわっても

日顕上人はなにも異論はないのではないでしょうか?

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