御遺命の戒壇とは 【『国立戒壇論の誤りについて』『本門事の戒壇の本義』の二書と戒壇の御門について】(その③) あの二書は正本堂が出来る時と出来た後だったが 浅井会長の色々な問題に対処することも含めておるわけで 強いて言えば全部、正本堂そのものに関してのことなのであります そういうことですから 正本堂がなくなった現在、その意義について論ずることは 2021.10.06 御遺命の戒壇とは
御遺命の戒壇とは 【『国立戒壇論の誤りについて』『本門事の戒壇の本義』の二書と戒壇の御門について】(その②) 「正本堂の意義付け」とは 正本堂の意義を 『三大秘宝抄』の戒壇に作り上げようとした 創価学会の背景によらざるおえなかったのです。 2021.10.06 御遺命の戒壇とは
御遺命の戒壇とは 『国立戒壇論の誤りについて』『本門事の戒壇の本義』の二書と、戒壇の御門について(その①) 『国立戒壇論の誤りについて』と『本門事の戒壇の本義』の当時の2冊の本は 現在においては不適当であると、ここではっきり言っておきます 2021.10.06 御遺命の戒壇とは
御遺命の戒壇とは 「創価学会の宗門支配の画策と宗門の対応」(その5) 正本堂ができる直前に日蓮正宗立会いの元創価学会と妙信講(顕正会)が法論した結果 創価学会教学部は負けて、正本堂を本物の御遺命とは言えなくなってしまった 2021.10.03 御遺命の戒壇とは
御遺命の戒壇とは 「創価学会の宗門支配の画策と宗門の対応」(その3) 池田会長はずっと「正本堂」を本物の御遺命の戒壇にしようとしてきたが結局、最後はどうなったかというと 浅井会長の抗議で諦めざる負えなくなった 2021.10.02 御遺命の戒壇とは
御遺命の戒壇とは 「創価学会の宗門支配の画策と宗門の対応」(その1) 昭和49年頃、日顕上人が創価学会からどのような圧力をかけられていたか、具体的に書かれています 2021.10.02 御遺命の戒壇とは