国立戒壇

樋田様

2022年8月6日 御遺命の戒壇に関するご質問(樋田様)

樋田様サイトの方読まさせて頂いております私、国立戒壇に関する調査報告書をブログで書いております旭川と申します顕正会の主張する「国立戒壇」は間違っており宗門としては「国立戒壇」ではなく、正しい御遺命の戒壇建立に向けて現在折伏活動を推進しているとのことだと思いますが結局、宗門の考える御遺命の戒壇とはどのようなものなのでしょうか?
鬱将軍様

2022年7月24日 鬱将軍様への御返事

読ませて頂きました。では「国立戒壇に関する調査報告書旭川様への御返事その⑦」に関しましての回答は保留にしておいて下さい資料の紹介ありがとうございます富士宗学要集読まさせて頂きますそれと同時に私の方でも、法華講員の方達がどのように御遺命の戒壇を考えているのか実際の声を取材していきますまたご連絡致します旭川
鬱将軍様

2022年7月20日 鬱将軍様からの御返事

読ませて頂きました。最初に質問に回答をします。 その後は読んでいて  おかしいと思ったところにコメントをいれます。その際の旭川様の文は青色にしました。ご了承ください。御影堂に本門戒壇本堂とある以上 最終の戒壇と見るのが正確です。これが覆るのは今の御法主上人が本門戒壇本堂ではないと仰られた時だけです
百禍繚乱様

2022年7月19日 百禍繚乱様

百禍繚乱様始めまして私、国立戒壇に関する調査をブログにて行っております旭川と申します国立戒壇に関する調査報告書 | 全国民に対して調査内容を報告しています (asahikawa1990.com)百禍繚乱様のブログの記事を読まさせて頂きました百禍繚乱様のブログの趣旨は顕正会の国立戒壇は間違っていること顕正会員は早く宗門に帰依することとの内容だと思いますそこで、一つご質問があります
だつけん

2022年7月19日 だつけん様へ

だつけん様初めまして旭川と申します顕正会の崩壊は近い!「幻の総支隊長のブログ」さんをご紹介致しますの記事を読まさせて頂きました完全なる確信からくる完全なる破折特に現役顕正会員の方でこの記事を破折できる人は浅井会長も含めて一人もいないでしょう。との内容を拝見しました確かに幻の総支隊長様は他の方のブログにも「幻の総支隊長討論受付中」と宣伝されており法華講員の中でも有名な方なのだと存じあげます
鬱将軍様

2022年7月16日 鬱将軍様への御返事

前の御返事に質問をしましたが回答が得られてません。僕の質問は①御影堂以外に戒壇を建てる論拠②日興上人以外が戒壇を建てていい論拠この2点です。①一期弘法付属書で御遺命されたから 本門戒壇本堂である御影堂を日興上人が建立した。日興跡条々事にて日目上人はその御影堂を修理し勤行をして広宣流布の日まで待つように言われた。広宣流布の時にはもう使わないのならば何故日目上人は修理を加える必要があったのでしょうか?
鬱将軍様

2022年7月15日 鬱将軍様からの御返事

読ませて頂きました。1つ目の質問ですが六十八代の御法主上人の中でも御影堂が本門戒壇だと明確に言われたのは日精上人だけです。しかしそれは日蓮大聖人の一期弘法付属書と日興上人の日興跡条々事に依ります。前の御返事に質問をしましたが回答が得られてません。僕の質問は御影堂以外に戒壇を建てる論拠日興上人以外が戒壇を建てていい論拠 この2点です。一期弘法付属書で御遺命された
鬱将軍様

2022年7月14日 鬱将軍様への御返事

日蓮大聖人の御遺命に関わることなのに七百数十年の日蓮正宗の歴史の中で一人でも(御影堂が御遺命の戒壇です!)とズバリ言い切っている方はいないのですか?のご質問は何度も答えてますが日興上人の日興跡条々事の「大石寺は御堂といい墓所といい日目これを管領し修理を加え勤行を致して広宣流布を待つべきなり」日精上人が御影堂を「本門戒壇本堂」といわれてることです。すみませんがもう一度内容を
鬱将軍様

2022年7月8日 鬱将軍様からの御返事

読ませていただきました。質問に対する回答がわかりやすいように 旭川様の文は青文字とさせていただきます。日蓮大聖人の御遺命に関わることなのに七百数十年の日蓮正宗の歴史の中で一人でも(御影堂が御遺命の戒壇です!)とズバリ言い切っている方はいないのですか?のご質問は何度も答えてますが日興上人の日興跡条々事の「大石寺は御堂といい墓所といい日目これを管領し修理を加え勤行を致して広宣流布を待つべきなり」日精上人が御影堂を「本門戒壇本堂」といわれてることです。
ありの金吾様

2022年7月13日 ありの金吾様への御返事

(1)現在の憲法下では「国立戒壇」は実現可能だから、実現可能なことを目的にするのは間違っていないについて旭川さんは自分勝手な解釈で屁理屈を展開していますね(笑)(1)については、前回の『旭川ひろし氏の国立戒壇論を破す―6』で結論が出ています。旭川さん「御遺命の戒壇とは広宣流布の後に行うもので、それに伴ってどのようなプロセスで御遺命の戒壇を造るのか具体的な道筋が