日顕上人

御遺命の戒壇とは

「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その10)

昭和四十二年十一月号の『大日蓮』に創価学会から正本堂建立発願式の特集として 「載せるから何か書け」と命令されて書かされてしまった
御遺命の戒壇とは

「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その9)

憲法を改正すれば国立戒壇は造れる
御遺命の戒壇とは

「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その8)

実際には浅井会長と田中智学の「国立戒壇」の主張は正反対なんですが 本書を読むと浅井会長の主張が正解と解釈できます
御遺命の戒壇とは

「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その7)

浅井会長の(捨て身の考え方)の抗議が正論だからこそ言った言葉と十分解釈できます
御遺命の戒壇とは

「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その6)

2冊の本は、日顕上人が創価学会と、本書で初めて登場する、その関係者からの強力な要請があり 書かされたとの趣旨が書いてあります
御遺命の戒壇とは

「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その5)

「実質上の戒壇」ならなんとか許容範囲内というかギリギリセーフ的な感じで 本当の御遺命の戒壇にはならないとの趣旨を言われてますね
御遺命の戒壇とは

「近現代における戒壇問題の経緯と真義」の拝読のしかた

正本堂の意義付け文章の表面的な意味と、文章には直接的には表現されていない意味がある 分かりやすく言うと本音と建前を濁して書いてあるのが近現代における戒壇問題の経緯と真義
御遺命の戒壇とは

「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その2)(58p)

どうしてもやらざるをえなかった正本堂の意義付けとはなにか?
御遺命の戒壇とは

「創価学会と妙信講への宗門の対応」(その1)(58p・59p)

浅井会長が入って抗議したおかげで 日蓮正宗は「正本堂」を本物の御遺命の戒壇と言わずに済んだ
御遺命の戒壇とは

「正本堂の意義付けの経緯と諸問題」(51p~55p)

宗門の全体が、「正本堂は御遺命の戒壇にする」との創価学会の考え方にずっと引きずられてしまったと書いてある