2023年 10月1日 鬱将軍様への御返事

鬱将軍様へのお伺いへの回答⑧ | 諸宗 破折 (ameblo.jp)

鬱将軍様に下記の内容を送らせて頂きました

 

 


 

 

御遺命の戒壇が「御影堂」なのかどうか、法華講員の有識者の方々に取材を続けていくなかで、一人の法華講員の方から御回答を頂きましたので
鬱将軍様に内容を確認して頂きたいと思います
以下、回答の文章です

 

ご質問の「御遺命の戒壇が御影堂」との主張は間違いです。以下にその理由を述べます

さてご質問の件ですが、御遺命の戒壇は広宣流布の暁に戒壇の大御本尊安置の堂宇を改めて建立することであり、既に建立されている御影堂がそれにあたることはありません。
また三学の観点から戒壇の大御本尊所住の処が戒壇にあたるゆえ御遺命の戒壇は本尊所住の場所を指し示すのであって、

本尊安置の堂宇を指すのでは無いという論を述べる者も散見されますがそれもまた誤りです。
「次の『建立』という意は、三大秘法総在の本尊である本門戒壇の大御本尊安置の堂宇を、広布の事相が顕現するとき、改めて建立することである。」(三大秘法義561頁)

 

と、このように日顯上人は御指南されておりますし、宗内の御僧侶方においても 「事中の事の戒壇とは何かといえば、『寿量演説抄』に「未だ時至らざる故に事の戒壇之無しと雖も、既に本門の戒壇の御本尊在す上は其の住処は即ち戒壇なり」(歴全4-145㌻)

とあり、法体に約せば本門戒壇の本尊所住のところが事の戒壇であり、また「正しく事の戒壇とは一閻浮提の人の懺悔滅罪の処なり、但然るのみに非ず、梵天・帝釈も来下して踏みたもうべき戒壇なり。秘法鈔に曰く『王臣一同に三秘密の法を持たん時、

勅宣并びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か、時を待つべきのみ、事の戒法と申すは是れなり等云云』」(六巻抄61㌻)とあり、事相に約せば広宣流布が実現した時に初めて建立される戒壇である。」(日蓮正宗教学研鑽所紀要 第2号 14~15頁 高橋粛道師)

とのように解説されております。つまり日蓮正宗の御僧侶方にはこのように戒壇論は習い伝えられているのであり、一在家が想像を逞しくして色々と述べるのは構いませんが、それを正宗の教義であるかのような押し通し方をするのは感心しません。以上を以て私の回答とさせて頂きます。

 

上記が回答内容となります

この文章の中に鬱将軍様が言われていた

御影堂以外に戒壇を建てる論拠 

日興上人以外が建立して本門戒壇となる論拠

の回答が書かれていると思われますがどうでしょうか?

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