2023年5月25日 創価ダメだしブログ管理人様からの御返事

御遺命の戒壇とは何を指すのか?(メールのご質問への回答) – 創価ダメだしブログ (hatenadiary.com)

 

旭川さん

こんにちは。

>その部分は特に疑問に思ってないです

そうですか。ならばこの部分はいいですね。

>大事なことは、法華講員の方達は全て「日蓮大聖人の御遺命は国立戒壇では絶対にない」「国立戒壇は実現不可能」と断定しているところにあります

法華講員が全て「日蓮大聖人の御遺命は国立戒壇では絶対にない」「国立戒壇は実現不可能」と断言しているとうのは私は初耳です。そもそも、未来戒壇について顕正会破折以外に談義している法華講員を見かけません。おそらくそのように断言している法華講員さんは、「顕正会の主張するような国立戒壇」或いは「顕正会に国立戒壇を建立する事」が絶対不可能だと言っているのではないかと推測します。また、未来戒壇建立の御遺命は別して法主上人への御遺命であって信徒に対する御遺命でありませんから、信徒が「大聖人御遺命は未来戒壇建立である」と主張しそれを目的することは間違っていると思います。総じて信徒の弟子檀那に対する御遺命は「法華弘通」です。

>御遺命の戒壇建立の必須条件が国民の総意である以上

国民の総意ではなく一切衆生の大御本尊への帰依が必須条件です。従って必ずしも国家的事業である必要はないと思います。

>私は「国立戒壇」を完全否定するのは無理ではないかと思いますが、いががでしょうか?

「国立戒壇」の建立(国立になるかはどうかは分かりませんが)を完全不定しているのではなく、「国立戒壇」という言葉を使用することを否定しているのです。なぜなら、その名称は使わないと日達上人が御指南されたからです。顕正会は「国立戒壇」という名称を使わない事と、未来戒壇建立を放棄した事と意図的に混同させ宗門を非難しているわけです。むしろ最近の浅井会長の指導を読むと「国立戒壇」という名称を使う必要は全くないと感じます。

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