2023年7月1日 法蔵 管理人様への御返事

法蔵 (iinaa.net)

法蔵 管理人様に下記の内容をメールでご返事させて頂きました

 

①・過去に小乗の戒壇、法華経迹門の戒壇が建立されましたが、権力者の認可(勅宣並に御教書)があったとしても、いずれも国立ではありません。***********************************************************

これは過去の法華経迹門の戒壇の話ですよね

未来の御遺命の戒壇にも同じルールで建立するとは限らないと思います

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その「ルール」とやらは、誰が決めるのでしょうか。御遺命に関する文証は限られていますが。その文証と、社会状況その他を総合的に考えて最終決断をされるのは、時のご法主上人です。

御遺命の戒壇建立のルールを最終的に決めるのは、御法主上人であっていると思います

なので、この段落では御遺命の戒壇が教義上「国立戒壇」ではないと断定できる結論にはならないと思います

 

②・御遺命の戒壇を建立する時期は国主が三大秘法を信受するときであって、全ての国民が信受するときではありません。そうであれば、国立となれば、税金で建立することになりますが、その税金には謗法者の金銭が含まれることとなり、謗施の可能性があります。

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では、御遺命の戒壇に謗施が混じってはダメと断定できる根拠はなんですか?

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御遺命の戒壇に限らず、日蓮正宗では、古来より謗法からの供養は受けません。

御遺命の戒壇であれば尚更、純真な信徒の真心の御供養のみで建立したいと思うのが、日蓮正宗の信徒であれば、素直な感情だと思うのですが…

そうまでして税金で建てたいですか?

日蓮正宗の信徒の気持ちはわかります
しかし、この問題は
税金で建てたいか・建てないかの話ではないと思います

教義上「国立戒壇」が否定できない以上
税金での戒壇建立の可能性はあると思います

 

③・御法主は師、国主は檀那でありますから、国主が建立資金を支出したとしても、あくまでも供養であり、完成した戒壇は御法主に寄進されるべきであります。

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国主=(現代では国民)が御遺命の戒壇の建立資金を出したとしても、完成した御遺命の戒壇は御法主に寄進(譲る)べきである

と言うことだと思うのですが

概ねそれでいいと思います、御遺命の戒壇の管理は日蓮正宗しかできないと思います

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だったら国立とは言えませんよね?

確かに、現時点では上記の内容だと、国立とは呼べないと思います

しかし、御遺命の戒壇建立は広宣流布達成後の話であって、未来のことであります

広宣流布達成後は、教育も、憲法も、医療も、臨終の考え方も、国民の考え方に様々な変化があると思われます

何よりも現在の国民には大御本尊様を信じる、お守りするという概念すらありません

国民の総意で建立した「国立戒壇」を国家と日蓮正宗が協力してお守りする
その様な、現在の辞書に書いてある「国立」の意味が未来には変更されている可能性もあると思っております

 

④・三大秘法は全世界に流布されるのですから、一国家が戒壇を所有するというのは、世界宗教としてふさわしくないと思います。

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ふさわしいか、ふさわしくないかは分かりませんが

なぜ、三大秘法が全世界に流布される時、未来の御遺命の戒壇が国家の所有物扱いになると決まっているのでしょうか?

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普通「国立」と言えば、国家が所有し管理するのではありませんか?

「国家の所有物扱いになると決まっているのでしょうか?」と言いますが、それならば、話の前提として「国立」とは何か、ということをお互いに共有する必要がありませんか。

「国立」の意味が曖昧なままで「国立戒壇の可能性」について議論しても、話がすれ違うような気がしますが(笑)

ではまず「国立」の意味について議論しましょう

現時点での辞書で「国立」をしらべると
国家が設立し、維持管理すること。

となっております、この時点では問題ないですね

しかしながら、この意味は現段階での辞書の意味です

御遺命の戒壇建立は広宣流布達成後の未来の話であります
そのような時代には、国民も国会議員においても大勢、日蓮正宗を信仰しているのだと推測しております
国家が御遺命の戒壇を守ることに協力体制を図る
その為に税金を投入して資金援助をする
そんな法律もできるのではないかと推測しています

「国立」の意味は、現時点での辞書と
未来広宣流布達成後の辞書では、必ずしも同じと断定できるものではないと私は認識しておりますが
管理人様はどうでしょうか?

 

あなたは、国立戒壇でなければならないと思っているのですか。それとも国立戒壇でもよいと思っているのですか。

前者であるならば、その理由をあなた自身が明示すべきだと思います。

もし、後者であるならば、現時点では、未来の社会状況がどうなっているかわかりませんから、我々が今からああだこうだと言っても不確定要素がありますから、あまり生産的ではないと思います。

国立が絶対ダメだということはないと思いますが、今から、そのことに固執する必要はないし、最終的には時の最高責任者(ご法主)がお決めになることだと思います。

それよりも、今一番大切なことは、戒壇建立が現実問題となるような状況(広布の進展)を創り出すことではないでしょうか。

管理人様の見解は、御遺命の戒壇は
未来の御法主が決めるべきであって、現段階では分からないということですよね

私は国立戒壇でもよいと思っております

管理人様は国立戒壇はダメではないと思うとのことですが

現在インターネット上では、法華講員の有識者の方達は口を揃えて「国立戒壇」は間違いと断定して世間に発信しております

その理由をお聞きする為に、私のサイトでは一人一人にお伺いをしております

以上です

↓私のメールアドレスです

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(メールが届かない場合、私のサイトの問い合わせ欄から送って頂けると確実です)

↓私のサイトです

国立戒壇に関する調査報告書 | 全国民に対して調査内容を報告しています (asahikawa1990.com)

宜しくお願い致します

2023年7月1日
旭川

 

 

 

 

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